サービス業において「顧客満足」は企業の成長を左右する重要な指標です。
しかし、満足度を高めるには何から取り組めばよいのでしょうか。ただ単にサービス内容を改善するだけでは、本質的な変化にはつながらないかもしれません。
そこで考えたいのが「サービス・プロフィット・チェーン」です。
これは、従業員満足が顧客満足を生み出し、最終的に企業の利益につながるという、「連鎖の仕組み」を表した経営理論です。
本記事では、このモデルの概要と、具体例に基づいた研究論文をもとに、その有効性について解説します。
サービスプロフィットチェーンとは
サービスプロフィットチェーン(Service-Profit Chain)は、従業員満足が顧客満足へとつながり、それが企業の利益へとつながるという因果関係を体系的に示したモデルです。
1994年にハーバード・ビジネススクールのジェームス・へスケット教授らが提唱し、特にサービス業界における持続的な成長や競争力の源泉として広く注目されている理論です。
このモデルの基本的な考え方は、次のような「満足の連鎖(chain)」があるということです。
サービスプロフィットチェーンの流れ
- 従業員満足
企業が従業員に対して良好な職場環境を提供し、適切な評価、報酬、キャリア支援、心理的安全性を保障することで、従業員は職務に対する満足感を得ます。 - 従業員の生産性・ロイヤルティ
満足した従業員は、会社に対して忠誠心をもち、離職率が下がります。さらに、自主性やモチベーションが高まり、業務の質や効率が向上します。 - 顧客へのサービス品質
高いエンゲージメントをもった従業員は、顧客一人ひとりに対して丁寧で気配りのあるサービスを提供するようになります。これが、顧客の体験価値を高めます。 - 顧客満足
従業員の提供する質の高いサービスによって、顧客は期待を上回る体験を得ることができ、満足度が高まります。 - 顧客ロイヤルティ
満足した顧客は、再来店や継続利用をするようになります。また、ポジティブなクチコミやSNSでの共有などを通じて新たな顧客の獲得にもつながります。 - 企業の財務的成果(利益)
ロイヤルティの高い顧客を多く抱えることで、安定した売上や利益が生まれます。さらに、既存顧客の維持には新規顧客獲得よりもコストがかからないため、収益性も向上します。
サービスプロフィットチェーンが重要とされる理由
サービスプロフィットチェーンは、「利益は顧客満足から生まれ、顧客満足は従業員満足から生まれる」というシンプルながら本質的なメッセージを持っています。
従来の経営では、「利益を上げるために従業員にもっと働かせる」というトップダウン型の考え方が一般的でした。
しかし、このモデルはその逆で、従業員を大切にすることが、結果的に企業全体の成果につながるというボトムアップ型のアプローチを提示しています。
とくにサービス業では、「人」が提供する価値がそのまま顧客体験の質になります。そのため、従業員のモチベーションや働きがいは、直接的にサービスの質、ひいては企業の評価に影響するのです。
具体例を対象にしたサービスプロフィットチェーンの検証
サービスプロフィットチェーンは本当に成り立っているのかを、具体例をもとに検証したワシントン州立大学のクリスティーナ・チー教授らの研究があります。
この研究では3ツ星および4ツ星の50軒のホテルの従業員(2,023人)と、顧客(3,346人)を対象に満足度に対するアンケートが行われました
また、それぞれのホテルの財務パフォーマンス(利益率や投資収益率)に関する資料も提供してもらいました。
これらのデータを分析したところ、以下のことが分かりました。
- 従業員満足度が高いと、顧客満足度が高い
- 顧客満足度が高いと、財務パフォーマンスが高い
- 従業員満足度の高さと、財務パフォーマンスに直接的な相関はない
- 従業員満足度の高さが、顧客満足度の高さにつながっていると、財務パフォーマンスが高い
つまり、従業員が満足していると、それが顧客の満足へとつながり、結果として利益につながる、というサービスプロフィットチェーンが成り立っているということです。
サービスプロフィットチェーンを活かすには?
企業がこの「サービスプロフィットチェーン」を活かすためには、次のような具体的な取り組みが重要になります。
1.従業員の職場環境を整える
従業員が安心して働ける職場を提供することは、すべての出発点です。
給与や福利厚生といった制度面の整備はもちろんですが、特に重視すべきは「職場の人間関係」や「働きやすさ」といった心理的・感情的な要素です。
たとえば、上司や同僚との信頼関係がある職場では、従業員が自主的に行動しやすくなり、仕事にやりがいを感じるようになります。
その結果、モチベーションが高まり、離職率の低下にもつながります。これは、研究でも確認されているように、顧客満足を高めるための土台となるのです。
2.顧客と接する従業員への支援
ホテルや飲食業などのサービス業においては、顧客と直接やりとりする従業員の影響力が非常に大きくなります。
たとえば、フロントスタッフやレストランの接客担当者は、企業の「顔」とも言える存在です。
こうした従業員が、自信を持ってサービスを提供できるような環境を整えることが求められます。具体的には、以下のような支援が効果的です。
- 定期的な接客トレーニングの実施
- 顧客対応マニュアルだけでなく、柔軟な対応力を育てる研修
- 現場の声を経営層がしっかりと受け止める仕組みの導入
- 成果に応じたフィードバックや評価制度
従業員が「自分の働きが顧客の満足や会社の成果につながっている」と実感できれば、サービスの質も自然と向上していきます。
3.顧客満足の測定を怠らない
従業員の満足度を重視することはもちろん重要ですが、それだけで十分とは言えません。サービスプロフィットチェーンの中核にある「顧客満足」が実際に高まっているかどうかを、定期的かつ客観的に測定することが必要です。
たとえば、以下のような取り組みが考えられます。
- ユーザーに対するアンケート調査
- 定期的なネット・プロモーター・スコア(顧客推奨度)の確認
- SNSやレビューサイトでの顧客の声のモニタリング
- クレーム対応履歴の分析と改善策の実施
こうした情報をもとに、サービス内容や対応マニュアルを柔軟にアップデートしていくことが、顧客満足の持続的な向上に直結します。
継続的なマネジメントの姿勢が重要
このように、サービスプロフィットチェーンは企業の持続的な成長戦略として非常に有効ですが、実践するには「継続的なマネジメントの姿勢」も欠かせません。
たとえば、従業員満足度の向上に向けた施策は一度きりではなく、定期的なフィードバックや柔軟な制度設計によって進化し続ける必要があります。
また、最近の研究では、心理的安全性や職場の多様性といった要素も、従業員の満足度やエンゲージメントに強い影響を与えることが指摘されています。
これらを踏まえると、単なる待遇改善にとどまらず、働く環境そのものを「人間中心」に再設計する視点が、これからのサービス業には一層求められるといえます。
サービスプロフィットチェーンの本質は、目に見える成果の裏側にある「人」への眼差しにこそあるのです。
参考文献:Chi, C. G., & Gursoy, D. (2009). Employee satisfaction, customer satisfaction, and financial performance: An empirical examination.