インスタグラムやX(旧twitter)などのSNSは、観光マーケティングに欠かせないツールです。
訪問した観光客が投稿しているのを待っているだけではなく、自分達からも発信することが重要です。
旅館が投稿した露天風呂の写真を見て、予約したという人も多いです。
とはいえ、闇雲に写真を投稿すれば良いわけではありません。
どんな写真を投稿するかで、閲覧者に与える影響は大きく変わり、それが訪問意図に影響することさえあるのです。
人物の写った広告写真の方が注目はされるが…
観光地のPRのために、その場所の風光明媚な写真を投稿するとします。
このとき、風景だけの写真と、そこに観光客が写っている写真があったとしたら、後者を使いたくなると思います。
「他の人もこんなに楽しんでますよ」とアピールしたいですから、これは自然な選択です。
それに、目立ちやすくもなります。
SNSに限らず、広告写真というのは人物が写っているほうが、注目されやすいです。人間は本能的に人間に注目するものだからです。
街を歩いていても、人物が写っている看板ほど注目しがちではないでしょうか?しかも知らない人が写っている看板ほど見てしまったりします。
都内を移動していると、「きぬた歯科」の院長の顔写真が大きく写った屋外広告をよく目にしますが、これもかなり高い広告効果を発揮していると、きぬた院長のインタビューで見たことがあります。
とにかく、人物を載せるというのは、非常に有効な広告戦略です。食品の写真に人がいると味覚の評価が上がるという研究もあります。
しかし、観光マーケティングにおいては、人物が写っていることが、逆効果となる可能性があります。
観光マーケティングでは「人物」がマイナスになる
写真に人物が写っていることでどのような影響があるのかを調べた、テュレーン大学のゾーイ・ルー助教らの研究があります。
この研究では、観光地の写真に人が写っているかどうかが、視聴者の好意度や選好に与える影響を明らかにするために、複数の調査が実施されました。
まず、14,725枚のInstagramの投稿を分析し、「人が写っている写真」と「人が写っていない写真」のエンゲージメント(いいねやコメントの数)を比較しました。
その結果、人が写っている写真の方がエンゲージメントが低い傾向があることが分かりました。「いいね」されにくかったのです。
次に、実験形式の調査も行われました。こちらの実験では、ハイキングコースの写真を参加者に見せ、「人が写っている場合」と「人が写っていない場合」の違いを比較しました。
参加者は、同時に提示された2枚の写真を見た後、どちらのハイキングコースを選びたいかを回答しました。
こちらでも、人物が写っている写真は、選ばれ難いという結果になりました。
観光地は「心理的所有感」を持ってもらえることが大事
なぜ、人物の写っているハイキングコースは選ばれ難いのでしょうか?
それは、閲覧者がその場所を「他人のもの」と感じてしまうからです。
これには、「心理的所有感(psychological ownership)」が関係しています。
心理的所有感とは、「これは自分のものである」という感覚のことです。人は、特定の場所や物に対して個人的なつながりを感じることで、それを自分のもののように認識します。
特に観光地のような、特別な場所ではこういった感覚が湧くからこそ、訪れたくなるのです。
しかし、写真に他人が写っていると、無意識のうちに「この場所はすでに他の誰かのものだ」と感じてしまい、自分のものにはならないと考えます。
その結果、その場所への関心や訪れたいという意欲が低下してしまうのです。
他人の存在そのものがマイナス
今回の実験では、写真の人物の顔が見えているかどうかは関係ありませんでした。
たとえ後ろ姿であっても、人物が写っているハイキングコースは選ばれ難かったのです。
これも、心理的所有感が選考に影響を与えている証拠といえます。「写っている人のイメージ」ではなく、「人が存在していること」そのものが問題なのです。
特別なことに他人が出てくるのは嫌
また、結婚式場やレストランなど他の写真を使った実験も行っていますが、結婚式場や観光地のような、自己のアイデンティティと強く関連する場所ほど、人物が写っていることのマイナス効果が大きくなることが分かっています。
分かりやすくいうなら、自分にとって特別なことに他人が出てくるのは嫌ということです。
ちなみに、たとえ人物が写っていたとしても、それが従業員などの場合には、マイナスの影響は出ないことも分かっています。その場所にいるのが自然な存在だからです。
人物が必要か不要か、という単純な二択ではない
本研究が示したように、人が写った写真は見込客に「他人の所有物」という印象を与え、観光地の魅力を低下させる可能性があります。
しかし、SNSの文脈やターゲット層によっては、写真に人がいた方が効果的な場合もあります。
たとえば、「コミュニティ感」や「親しみやすさ」を強調したい場合には、人が写っている写真が有利に働くことがあります。地元の人々が楽しんでいる様子や、観光客同士の交流を写した写真は、「この場所は温かみがあり、自分も楽しく過ごせるだろう」と感じさせる効果が期待できます。
特に、ファミリー向けの観光スポットや、アクティビティ体験のPRでは、笑顔の人々が写っていることで、安心感や楽しさを伝えやすくなるでしょう。
また、写真と一緒に掲載するキャプションやストーリーも重要です。人が写っている写真を活用する場合は、そこで過ごすことで得られる体験や、訪れるべき理由を明確に伝えることで、心理的所有感の低下を抑えることができます。
「次はあなたの番です!」「この景色を独り占めしませんか?」といったフレーズを加えることで、「自分もここに行きたい」と感じさせられるのです。
効果的な観光マーケティングのためには、単に美しい写真を投稿するだけでなく、「この写真がどのような感情を呼び起こすのか?」という視点が求められます。
「人を入れるべきか、入れないべきか」という単純な二択ではなく、目的やターゲットに応じた戦略的なビジュアル選定が重要になります。
適切な写真を選ぶことで、観光地の魅力を最大限に引き出し、多くの人に訪れてもらえるきっかけを作ることができるのです。
参考文献:Zoe Y Lu, Suyeon Jung, Joann Peck. (2024). It Looks Like “Theirs”: When and Why Human Presence in the Photo Lowers Viewers’ Liking and Preference for an Experience Venue.