20年以上前のことですが、池袋のラーメン屋に入ったら、カウンターに2つの穴を埋めた跡が等間隔に並んでいました。
ラーメンに詳しい友人の話では、「両隣の客との間を仕切る衝立を差していた跡だよ」とのことでした。
なぜそれを取り外してしまったかというと、ラーメン店のカウンターを衝立で仕切って半個室化するのは、人気ラーメン店「一蘭」の特許のため、他社が真似することはできないからだそうです。
一蘭は「味集中カウンター」といって、カウンターの個々の座席の両サイドが壁で仕切られており、前面には暖簾がかかっています。料理を提供するときだけ、その暖簾を上げるシステムです。
このシステムはその名の通り味に集中できるという客側のメリットだけでなく、友達や家族で来た客の会話を減らして回転率を上げたり、店員のプライバシーを守れるという店側のメリットもあります。
そして、さらに大きなメリットとしては、お一人様を呼び込みやすいことが挙げられます。これは他の客に見られずに済むからというだけではありません。
「味に集中する」という目的を与えられていることも大きな要因です。
お一人様マーケティングにおいて、このような実用的な目的を準備してあげるというのは最適な戦術なのです。
お一人様が増えている社会学的な理由
飲食業界に限らず観光やスポーツ体験の分野でも、お一人様は増えています。これは最近のことではなく、戦後からの世界的な傾向とされています。
社会学の名著とされる『孤独なボウリング』(ロバート・D. パットナム著)という本があります。この本では地域のコミュニティや奉仕活動のグループのように、利益を求めない人間同士のつながり(=ソーシャル・キャピタル)の衰退が膨大な調査結果を基に説明されています。
その中で、ボウリングをする人の数は増えているのに、地域のボウリング・クラブに入会する人の数は減っているというデータが示されています。たとえ同じ趣味を持った人が近所にいても、積極的に関係を持とうとはしない人が増えているということです。
こうした社会の流れの要因の一つとして、デジタルコンテンツの普及が挙げられています。テレビを始めとした個々に楽しめる娯楽が増えたことで、他者がいなくとも楽しめる感覚を持つ機会が増え、つながりの価値が相対的に低く見積もられるようになったのです。
さらに大きな要因として「世代交代」が挙げられています。世界恐慌や第二次世界大戦の時代というのは、他者と集団を形成しお互いに助け合ったり、情報を交換することが生存に直結していました。そのため、これらを経験している世代は国家や社会、地域のコミュニティに対する帰属意識が強く、結びつきに大きな価値を見出していたのです。
それに対し、後の世代ではそういった体験がないだけでなく、個人でも情報を容易に取得できるようになったため、他者とのつながりに価値を見出しにくくなっているのです。
一緒にいて楽しかったり、気を遣わなくて良い相手なら仲良くしたいけれど、そうでない相手と無理してまで付き合う必要はないと考えているということです。
そして、仲良くしたいと思う相手と趣味が同じとは限りませんから、お一人様での行動が増えているのです。
お一人様マーケティングのポイントとなる人間心理
気を遣う相手と一緒にいるくらいなら、一人でいたほうが良いと考える人が増えていることは説明した通りです。
しかし、ここが人間の面白いところではあるのですが、一人で行動していても「孤独な人とは思われたくない」という心理も持っているのです。惨めな人間と評価されるかもしれないという不安には耐えられないのです。
大学生が一人で学食でランチを食べられないというのも、こうした心理の表れです。一人で飲食店や旅行に行ったときも、周囲から孤独と思われていないか心配する人は少なくありません。
そして、ここに「お一人様マーケティング」のポイントがあります。
「孤独な人と思われる心配はありませんよ」というメッセージを発信することで、お一人様が来てくれるようになるのです。
「一人でいること」ではなく、「一人でいると思われること」が嫌
メリーランド大学のレベッカ・ラトナー教授らが、お一人様の消費行動に関する実験を行っています。
参加者にアートギャラリーに行ってもらう実験なのですが、事前にどれくらい楽しめそうか?という予測をしてもらっています。
この予測を見ると、一人で行く人よりも、友達と一緒に行く人のほうが楽しめる可能性を高く見積もる傾向がありました。
しかし、実際にアートギャラリーに行った後で、どれくらい楽しかったかを確認すると、友達と行った人も一人で行った人も差がありませんでした。どちらも同じくらい楽しめたのです。
なぜ、お一人様は事前の予測では「楽しめる確率」を低く見積もってしまったのでしょうか?
それは「周囲から孤独と思われるのではないか?」という不安が生じるからです。
こういった不安を感じると、楽しめる可能性を低く見積るだけではなく、行動を起こすモチベーションさえ下がることが分かっています。
そして人間が持つこうした傾向は、アメリカのような個人主義とされる文化でも、日本のような集団主義とされる文化でも同様に見られることも分かっています。
人間は「一人でいること」が嫌なのではなく、「一人でいると思われること」が嫌なのです。
「実用的な目的」があると孤独と思われるのでは?という不安が減る
では、どのようにすればお一人様を呼び込むことができるのでしょうか?
それは、その活動に「実用的な目的」を追加してあげることです。ラーメンの一蘭でいえば「味に集中する」という目的がそれに該当します。
実は、今回の実験ではカフェに行くケースでの心理も検証しています。
このとき、被験者を「雑誌が置いてあるカフェを提示されるグループ」と「雑誌が置いていないカフェを提示されるグループ」に分けました。
その結果、お一人様の場合、雑誌が置いてあるカフェを提示されたグループの方が行きたい気持ちが高くなるという結果となりました。
雑誌そのもののプラスの効果と思うかもしれませんが、そうではありません。
雑誌があることで、それを読むという実用的な目的が生まれたため、一人でいても周囲から孤独に思われないだろうという予測が働いたことが理由です。
その証拠に、「カフェの他の客はあなたに何人くらい友達がいると推測すると思いますか?」という質問に対し、雑誌が置いてあるカフェを提示されたグループの方が、多い人数を答える傾向にあったのです。
一蘭のカウンターは究極の目的提示
実験の結果から分かるように、お一人様は周囲から「楽しむために来ていると思われたら、一緒に楽しむ友達もいない孤独な人と評価されるのではないか?」という不安を感じやすくなります。
それに対し、「目的があるから来たと思われるなら、孤独な人とは思われないだろう」と安心しやすいということです。
ですから、お一人様マーケティングにおいては、実用的な目的を準備しておくことが重要となるのです。
一蘭の「味に集中するためのカウンター」はまさに、究極の実用的な目的の提示です。
他者に真似されないように特許を取っていたのは、お一人様マーケティングのうえでも有意なポジションを取ることにつながっているといえます。
- Robert D. Putnam. (2000).Bowling Alone: America’s Declining Social Capital
- Rebecca K. Ratner, Rebecca W. Hamilton. (2015).Inhibited from Bowling Alone

