サービススケープ理論!店舗改装が効果をもたらす業態とは

飲食店や小売店の経営者のなかには、来店客を増やすために店舗の改装やリニューアルを検討している人もいるでしょう。

ここで重要なポイントは改装によって変化した雰囲気が、サービスの一部として機能するかどうかです。

機能しないと無駄な費用を使っただけで終わってしまします。

「サービススケープ理論」とは何か

米国のマーケティングの研究者であるメアリー・ビットナーが提唱した「サービススケープ理論」というものがあります。

これは、店内の物理的な環境が顧客と従業員の心理や行動に大きな影響を与えるという理論です。

ビットナーは店舗などのサービス空間に含まれる以下の3要素が顧客心理に影響することを、研究を通じて明らかにしました。

  • 環境的要素
    音楽、照明、香り、温度、色使いなど、空気感や雰囲気をつくる要素です。照明が明るくポップな店は「活気がある」「カジュアル」という印象を与え、静かな音楽と落ち着いた照明の店は「高級」「安心感がある」と感じさせます。
  • 空間的レイアウトと機能性
    商品の配置、通路の広さ、動線のわかりやすさ、座席の間隔などの「利用しやすさ」や「快適さ」に関わる要素です。これが悪いと顧客はストレスを感じ、購買行動が妨げらます。
  • サイン・シンボル・装飾
    看板、ポスター、店内デザイン、ブランドカラーなど、視覚的に意味を伝える要素です。これらはブランドの個性やポジショニングを表現し、顧客の期待や印象を形づくります。

この理論のポイントは顧客はサービスそのものだけでなく、環境全体から印象を形成しているということです。

同じコーヒーを飲んでも、カフェの照明や音楽、香りが違えば美味しさや満足感が変わるのです。

さらに、こうした物理的環境は顧客だけでなく、従業員の働きやすさやモチベーションにも影響することが知られています。

サービススケープ理論は現在、店舗デザインやホテル、病院、銀行、空港など、さまざまなサービス現場の設計に応用されています。

店舗の改装前後で売上はどのように変化するのか?

実際に店舗改装によって雰囲気を良くしたときに、どれほどの効果が得られるのでしょうか?

それを調べたモナッシュ大学のトレーシー・ダナハー教授らの分析があります。

この調査では全国チェーンの百貨店を対象に、改装が行われた店舗とそうでない店舗の購買データを比較しています。

新規顧客からの売上が増える

この分析によると、まず改装後に店舗の売上は約13%増加しました。さらに細かく見ると、既存顧客からの売上は約10%増加し、新規顧客からの売上は約44%増加となっていました。

新規顧客の構成比は改装前が約13%だったのに対し、改装後は約17%まで増えました。

こうした効果は改装後1年経った後も維持されており、一時的な話題性によってのみ効果が表れたわけでないことを意味しています。

もちろん改装工事の最中は騒音や導線の不便さにより、一時的に売上は落ちました。しかし改装後の1~2ヵ月で売上は急速に回復し、その後は長期的な上昇傾向となりました。

なぜ新規顧客ほど効果が出るのか?

新規顧客ほど改装の効果が出やすい要因の一つは「アンカー効果」によって説明できます。

アンカー効果とは、最初に得た情報が「錨(アンカー)」の役割を果たし、その後の判断や評価に強く影響を及ぼす心理現象のことです。

既存顧客は改装前の店舗イメージが残っているため、そこが基準(アンカー)となってしまいリニューアルされた店内を見てもそれほど変化を感じにくいのです。

これに対して新規顧客は以前のイメージを知りませんから、全く新しいものと感じることができ、それが良いものであれば高く評価しやすいのです。

可処分所得の多い顧客が増える

また、改装によって増えた新規顧客の可処分所得は高い傾向にありました。

これは可処分所得の多い客層は、店舗の雰囲気なども重視するタイプが多いことが要因と考えられます。

改装によって店舗全体のセンスが良くなったことの影響が強く出やすい客層ということです。

店舗の改装が効果をもたらさないケース

店舗の改装が既存顧客と新規顧客の両方にプラスの影響を与えることが分かりました。

しかし、常にこの効果が得られるわけではありません。

ストラスブールビジネススクールのトニー・バレンティーニ准教授らの分析があります。

こちらでは、チョコレートや紅茶の専門店と靴店を対象に、改装前後の購買データを分析しています。

その結果、チョコレートや紅茶の専門店では改装後に顧客の来店頻度が高まっていることが分かりました。

さらに平均購入額と顧客維持率から計算した顧客生涯価値(CLV)も高まっていました。

しかし、靴店ではこうしたプラスの効果は見られなかったのです。

利便性やコストパフォーマンスを求める顧客に店舗改装は響かない

なぜこのような違いが出たのでしょうか?

それは顧客の求めているものが違うからです。

チョコレートや紅茶の専門店の顧客は商品だけではなく、店舗の雰囲気や什器の快適さのといった享楽的な価値も求めます。

そのため、新しい内装や照明、商品ディスプレイによって店内環境が魅力的になれば、「もう一度行きたい」という意欲が高まりやすくなるのです。

一方で靴店のような実用的な店の顧客は、利便性やコストパフォーマンスを重視します。

そのため、店内の雰囲気がいくら良くなっても実益がなければ、来店意欲はわきにくいということです。

改装によって既存顧客が来なくなる理由

ただし、雰囲気を重視する顧客が多いケースでも注意しなければならないことがあります。

実は今回の分析では、チョコレートや紅茶の専門店は改装後に顧客維持率は低下していたのです。つまり短期的な来店頻度は上がっても、その後の継続率は低くなったということです。

これは改装によって「新しい店は前よりも特別な体験ができる」と期待が高まり過ぎたことが要因といえます。

改装直後は新しい刺激によってその期待が満たされているような気になりますが、時間が経過するとそれに慣れてしまいます。

改装前よりも期待値が高まっている分そのギャップが大きくなり、満足し難くなって来店意欲も低下するということです。

また、改装によって今までに来店していなかったタイプの客が増えることで、その雰囲気がいやになってしまうことなどが要因となることがあります。

以上のポイントを踏まえると、店舗の改装をする際には「自社の顧客が何を求めているのか」を分析し、改装によってそれを満たすことができるのか検討することが重要といえます。

<参考文献>
・Dagger, T. S., & Danaher, P. J. (2014). Comparing the Effect of Store Remodeling on New and Existing Customers.
・T Valentini, C Roederer ,H Castéran. (2024). From redesign to revenue: Measuring the effects of servicescape remodeling on customer lifetime value.